潮江天満宮
藤原時平の讒言(ざんげん)によって延喜(えんぎ)元年(901)正月25日、太宰(だざい)の権師(ごんのそち)として西海に左遷(させん)された菅原道真公と同じく、土佐権守として京都を逐われた道真公の嫡子(ちゃくし)、右少弁高視朝臣もまた土佐国潮江に住居していました。そこは高見山の麓(ふもと)がその邸跡(やしきあと)ですが、古くから小判畑とし称して伝承されており、そこには記念碑が建ち千余年の昔をしのばせています。また年3回墓前祭も執り行われています。